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『ロケットマン』のサントラ一覧|エルトン・ジョンの名曲を紹介!

映画『ロケットマン』のサントラ一覧
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女の子

映画『ロケットマン』で流れるサントラについて知りたいなぁ…。

こんな疑問を解決します。

『ロケットマン』情報
  • 2019年のエルトン・ジョンの伝記ミュージカル映画
  • 公式サウンドトラックはアルバムの22トラックのヒット曲を収録!
  • 新曲「(I’m Gonna) Love Me Again」は映画のためだけに書き下ろされ、タロン・エジャトンとエルトン・ジョンによって歌われた名曲!

そのメロディは、世界中を魔法にかける。

本作はエルトンの名曲が随所に登場しており、製作された順番を尊重しつつもエルトンのその場の心情を曲で表した配置がされている。名曲揃いなのはさておき、若者は「エルトン・ジョンって誰?」と知らない方も多いのではないだろうか?正直、私も映画を鑑賞するまで生い立ちや音楽に対してあまり知識がなかった。それなのに今更エルトン・ジョンの曲に魅了されてしまったのだ…。私のような「エルトン・ジョンのこと知らない…」という方でも楽しめるのが本作の魅力。だってグラミー賞を5度も受賞している世界一売れたシングル記録を持つロックンローラーなんだから。そして監督のデクスター・フレッチャーや脚本のリー・ホール、製作総指揮にエルトン・ジョン本人が携わり、主役にタロン・エジャトンを起用しており、まさに超一流クリエイターと超豪華キャストが作り出しているから間違いない作品となっている。そのため、今作はミュージカル映画『ボヘミアン・ラプソディ』や『グレイテスト・ショーマン』などと引けを取らない作品となっており、まだ未鑑賞の方は是非見て欲しい1作になっている。

ユートン

今回は初週6,000アルバムを売り上げた『ロケットマン(オリジナルサウンドトラック)』に収録された曲を紹介していきます。

映画『ロケットマン』のサントラ情報|楽曲について

The Bitch is Back/あばずれさんのお帰り

The Bitch is Back

The Bitch is Back(あばずれさんのお帰り)は作詞家バーニー・トーピンとの共作。1974年の8作目のアルバム『Caribou』のオープニングを飾った曲。同アルバムの2枚目のシングルでリリースされ、カナダで1位、アメリカで4位、イギリスで15位を飾った。歌詞はセレブの生活をバカにしたもので、タイトルからもそれが見受けられる。歌詞にも「ビッチ」という言葉を連呼しており、アメリカのいくつかのラジオ局で放送禁止になったある意味伝説の曲。エルトンは「自分のテーマソングだ」と言っており、スターダムに上り詰めるまでの人生を語る上で相応しい1曲である。

The Bitch is Back(あばずれさんのお帰り)はエルトン・ジョンがリハビリテーション・セッションに参加したとき、過去を回想するエルトンが歌いはじめる曲。幼少期の自分、少年レジナルド・ドワイト(レジー)にバトンタッチするシーンで歌われる。歌詞中で癇癪を起こした自身を「Bitch !」と叫ぶシーンが印象的。そして少年レジーが「Bitch !」と大声で歌うシーンは母シーラ・アイリーンの気性の荒さを表していると思われる。

I Want Love/アイ・ウォント・ラヴ

I Want Love

I Want Love(アイ・ウォント・ラヴ)はアルバム『Songs From The West Coast』からグラミー賞にノミネートされた1曲。エルトンがピアノ中心のサウンドに回帰したアルバムであり、作詞家のトーピンが3度の離婚を経験したときの率直な心境を綴ったバラードとなっている。この曲はRoyal Mail の広告にも掲載。そして俳優のロバート・ダウニー・ジュニアがミュージックビデオに出演しており、その頃のロバートの薬物問題でボロボロだった頃と世界観が見事にマッチしていた。

I Want Love(アイ・ウォント・ラヴ)は少年レジーが両親からの愛を求めているのに、面倒を見てくれるのは祖母のアイヴィだけ。そして父スタンリーと母のシーラの夫婦仲も悪くなる中、それぞれが愛を求めながらもすれ違う想いを描く。

Saturday Night’s Alright (For Fighting)/土曜の夜は僕の生きがい

Saturday Night’s Alright (For Fighting)

Saturday Night’s Alright (For Fighting)/(土曜の夜は僕の生きがい)は1973年リリースのアルバム『Goodbye Yellow Brick Road (黄昏のレンガ路)』からのファーストシングル。エルトンのライブの締めくくりで演奏される曲として知られており、エルトンの楽曲でも指折りのラウドロック。Saturday Night’s Alright (For Fighting)は、QueenやThe Whoなど幅広いアーティストにカバーされており、映画やビデオゲーム、TVCMにも取り上げられた。

Saturday Night’s Alright (For Fighting)/(土曜の夜は僕の生きがい)はエルトンの成長過程と50年代から60年代の時代変化を凝縮したような曲であり、劇中でも少年レジーの成長と50年代から60年代の暴力沙汰が多かったパブやクラブの夜の喧騒を描いている。

Thank You For All Your Loving/サンキュー・フォー・オール・ユア・ラヴィング

Thank You For All Your Loving

Thank You For All Your Loving(サンキュー・フォー・オール・ユア・ラヴィング)はエルトン・ジョンが初期に作曲した楽曲で作詞は元ブルーソロジーのメンバーであるカレブ・クエイが手掛けた。彼がフィリップス・レコードから唯一リリースしたポルトガル限定のEP(Extended Playの略)に収録されている。

Thank You For All Your Loving(サンキュー・フォー・オール・ユア・ラヴィング)はエルトンと改名した後、音楽の才能を募る広告をみたエルトンが音楽出版社を営むディック・ジェームズの事務所を訪れる際に流れた曲。

Border Song/人生の壁

Border Song

Border Song(人生の壁)はエルトン・ジョンが最初に演奏した曲で、日本で最初に発表されたシングル。 そして1970年のアルバム『Elton John(僕の歌は君の歌)』に収録されており、彼のヒット曲『Your Song』が収録されている。また、Border Song(人生の壁)は初のチャートインした曲でゴスペルソングとして認知された。そして曲の最後の部分の詞はエルトンが書き足したことでも知られている。

Border Song(人生の壁)は作詞家バーニー・トーピンとエルトンが初めてカフェで落ち合ったときに流れはじめる曲。バーニーが書いた『Border』をエルトンが絶賛し、直ぐに意気投合し夜通し語り合う…。この曲は田舎育ちのバーニーがロンドンという都市に期待と不安を抱く気持ちを映し出している。

Your Song/ユア・ソング(僕の歌は君の歌)

Your Song

Your Song/ユア・ソング(僕の歌は君の歌)はエルトンにとって英米チャードトップ10入りした初のヒット曲。1970年の2作目のアルバム『僕の歌は君のうた』に収録され、元々シングル『Take Me to the Pilot(パイロットにつれていって)』のB面曲だった。この曲はライブでもどの曲より演奏されており、彼のキャリアや世界中の人々に影響を与えたことだろう…。それほど自分の感情を表現しようとする若者についての歌詞は心を揺さぶられるものだった。

Your Song/ユア・ソング(僕の歌は君の歌)はエルトンとバーニーが一緒に暮らしていたアパートを追い出され、エルトンの実家に戻った。そんなある日の朝、いつもの様にバーニーが出来上がった詩をエルトンに渡すと、エルトンの頭には直ぐにメロディが浮かび瞬時に本楽曲を書き上げた(この歌詞の原本にはコーヒーのシミがついていたとか…)。エルトンが歌詞を歌い出すと心に響く曲でバーニーとアイヴィが聴き入ってしまうほどのものだった。ディックも2人の才能を認め、アルバムのリリースが決定した。

Amoreena /過ぎし日のアモリーナ

Amoreena 

Amoreena (過ぎし日のアモリーナ)は1970年の『Tumbleweed Connection (エルトン・ジョン3)』で残念なことに大ヒットしなかった。最近になって最も優れたアルバムとして評価が上昇しており、本曲は「アモリーナ」というガールフレンドを恋しているカウボーイの物語である(農場主の物語)。エルトンとバーニーはアメリカに行ったことがなく、西部劇をよく見ていたことから作られたのではとされている。また、Amoreena(アモリーナ)はエルトンの名付け子に因んだものだ。

Amoreena (過ぎし日のアモリーナ)はエルトンとバーニーが付き添いのレイ・ウィリアムズと共にハリウッドへ飛び立ち、ウェスト・ハリウッドのサンタモニカブルバード沿いにあるライブハウス・トルバドールへ到着するまでに流れた曲。

Crocodile Rock/クロコダイル・ロック

Crocodile Rock

Crocodile Rock(クロコダイル・ロック)は1973年発売のアルバム『Don’t Shoot Me I’m Only The Piano Player(ピアニストを撃つな!)』の先行シングルとして発売。そしてエルトンが初の全米1位を獲得し、シングルチャートで3週間首位を守り続けた。(また、1972年のオーストラリア・ツアーで「イーグル・ロック」という歌が大ヒットしており、それにインスパイアされたとか…。)歌詞の内容には1950年代に生まれたばかりのロックンロールを懐かしむような内容が特徴的。

Crocodile Rock(クロコダイル・ロック)はエルトンがライブハウス・トルバドールで自身初のアメリカライブで歌った曲。怖気付いたエルトンをレイ・ウィリアムズに怒鳴られ、覚悟を決め舞台に上がる。エルトンはエネルギッシュにピアノを弾き始め、椅子を蹴飛ばし、派手なパフォーマンスを見せた。

Tiny Dancer/可愛いダンサー(マキシンに捧ぐ)

Tiny Dancer

Tiny Dancer/可愛いダンサー(マキシンに捧ぐ)は4枚目のアルバム『Madman Across The Water』に収録されており、1972年にシングルとしてリリースされた。Tiny Dancerは今でも評価され続けている曲であり、2018年までに米レコード協会でトリプル・プラチナ・シングルに認定された。また、この曲はエルトンの衣装係だった女性マキシンに捧げられた曲であると言われている。

Tiny Dancer/可愛いダンサー(マキシンに捧ぐ)はライブハウス・ドルバドールのライブ後に訪れたママ・キャス家で出会った女の子と共にパーティーを満喫するバーニーを横目にエルトンが孤独感に浸る。そんなエルトンの心情を描いたような歌となっている。

Take Me To The Pilot/パイロットにつれていって

Take Me To The Pilot

Take Me To The Pilot(パイロットにつれていって)はヒットシングル『Your Song』のB面に収録された曲。そしてセカンドアルバム『Elton John』のハイライトの1つにもなっており、1970年代のライブで定番曲として知られている。歌詞の中に「Take me to the pilot of your soul」と歌われており、直訳は「あなたの魂のパイロットに連れて行って」。これは「恋焦がれる自分が誰かに心を奪われてしまっている。自分の方に振り向いてくれないかな…」と劇中のエルトンの心情と見事にマッチしているような気がしてならない。

Take Me To The Pilot(パイロットにつれていって)は大成功したライブ後、バーニーはパーティーで出会った美人のヘザーに夢中になり、その場から消えてしまう。エルトンは1人になってしまい、寂しさから1人飲みをしていた。そこにジョン・リードが現れ、ジョンの才能を高く評価し力になってくれる相手だとエルトンが気付く。その瞬間、エルトンが恋に落ちたときに流れる曲。

Hercules/ハーキュリーズ(ヘラクレス)

Hercules

Hercules/ハーキュリーズ(ヘラクレス)は1972年に発表された『Honky Château』に収録された楽曲のひとつ。この曲のタイトルは伝説の戦士ヘラクレスの名がつけられており、エルトン・ジョンの改名時のミドルネームとして使われた。

Hercules/ハーキュリーズ(ヘラクレス)はエルトン・ジョンの音楽が世界を圧巻し、派手なブーツやメガネをトレンドマークに世界のレコード売上の4%を占めるほどの人気っぷり…そんな彼の軌跡を描く中で流れる。

Don’t Go Breaking My Heart/恋のデュエット

Don’t Go Breaking My Heart

Don’t Go Breaking My Heart(恋のデュエット)はエルトンが主宰するロケット・レコード所属の英国人歌手、キキ・ディーとのデュエットソング。それぞれが「Ann Orson」と「Carte Blanche」のペンネームでこの曲を書き上げ、ダスティ・スプリングフィールドに楽曲を提供する予定だった。だが、最終的にオファーを取り消し、エルトンとキキ・ディのデュエットが発表された。この曲はエルトンが初めて全英1位を獲得した楽曲であり、モータウンへの愛を込めたオマージュ曲。1976年位はアイヴァー・ノヴェロ賞を受賞している人気の高い1曲である。

Don’t Go Breaking My Heart(恋のデュエット)は、エルトンとキキ・ディのデュエットのレコーディングの様子を再現。そこへジョン・リードが訪ねてきて…。

Honky Cat/ホンキー・キャット

Honky Cat

Honky Cat(ホンキー・キャット)は「Honky Château」に収録された楽曲でサポートバンドのディー・マレイ、ナイジェル・オルソンらと共にレコーディングした初めてのアルバムとして知られている。本曲は「Honky Château」に収録された楽曲の中でも非常に人気の高い曲であり、最初にシングル・カットされた曲である。また、この曲は都会暮らしに憧れる田舎暮らしの青年(Honky Cat)を止めようとする故郷の人立ちの様子を描いた楽曲となっており、都会に出てきた田舎者のエルトンが大ブレイクの末、スーパースターへと昇り詰める姿と重なる。

Honky Cat(ホンキー・キャット)は全盛期のエルトンとジョン・リードがスーパースターの豪奢な生活を満喫をしながら楽しそうに歌い踊るシーンで流れる。まさにエルトンと田舎者の青年(Honky Cat)が重なる。

Pinball Wizard/ピンボールの魔術師

Pinball Wizard

Pinball Wizard(ピンボールの魔術師)はイギリスのロックバンド『The Who』の楽曲。本曲はケン・ラッセル監督が映画化した『トミー』に出演し、劇中で「Pinball Wizard」を歌った。カバー曲ではあるが、映画で歌ったことを機にライブでも披露するようになる。歌詞にはピンボールが腕自慢だった若者目線で描かれており、主人公トミー・ウォーカーがピンボール大会で破れる様が歌われる。

Pinball Wizard(ピンボールの魔術師)はライブで歌われた曲。ライブ前の控え室でコカインを吸い込みグラスの酒を飲み干すエルトン。エルトンは派手だが妙な衣装をしており、バーニーがありのままの自分で歌えとアドバイスしますが、「観客が観たいのはレジーではなく、エルトン・ジョンだ」と声を荒げ、舞台に向かう。

Rocket Man/ロケット・マン

Rocket Man

Rocket Man(ロケット・マン)は「Honky Château」に収録された楽曲。この曲はレイ・ブラッドベリの短編集『刺青の男』に収録された「The Rocket Man」から着想を得て歌われた。内容は家族を残して宇宙に身を投じる父親の姿を描いたもので、宇宙飛行士の父親とエルトンの心情の姿を重ねられる。また、「Rocket Man」は宇宙計画に世の中が湧いていた時代にリリースされた曲であり、大ヒットを記録することになった。

Rocket Man(ロケット・マン)は1975年10月、薬物の過剰摂取で自殺を図りつつ、48時間後のドジャー・スタジアムでの伝説的ライブをこなす姿で流れる曲。大勢の民衆に求められるエルトンだが、必要とする人には愛されないレジーの混沌とした感情が、宇宙飛行士の父親の姿に重なる。映画のタイトルになる程、今作の最大の見せ場となっている。

Bennie And The Jets/ベニーとジェッツ(やつらの演奏は最高)

Bennie And The Jets

Bennie And The Jets/ベニーとジェッツ(やつらの演奏は最高)は「Goodbye Yellow Brick Road」に収録された楽曲。全米ポップチャート1位、そしてR&Bチャートのトップ20入りも果たした。実際、この楽曲はジョンがヒットするはずかないと考えていたところ、デトロイトの黒人向けラジオ局WJLBのリスナーからリクエストが殺到したことがきっかけでシングル化された。

Bennie And The Jets/ベニーとジェッツ(やつらの演奏は最高)は薬物に溺れ、男たちの関係も奔放になっていくエルトン。そんな彼がどんどん速まるテンポに急かされるように、落ちるところまで落ちていく様子がエルトンと重なる。

Don’t Let The Sun Go Down On Me/僕の瞳に小さな太陽

Don’t Let The Sun Go Down On Me

Don’t Let The Sun Go Down On Me(僕の瞳に小さな太陽)は「Calibou」に収録された楽曲。「Calibou」からの再世シングルとしてリリースされた曲であり、1991年にジョージ・マイケルとのデュエットとして録音したカバーで英米両国のチャートで首位をマークした。また、同曲にはデル・ニューマンによるホーンアレンジが施され、ビーチ・ボーイズのカール・ウィルソンとブルース・ジョンストンがバックコーラスに参加。そしてパーカッションにはレイ・クーパーという豪華なサウンドに仕上がっている。

Don’t Let The Sun Go Down On Me(僕の瞳に小さな太陽)はジョンとの関係が最悪になった頃、エルトンのレコーディングを通して出会ったレネーテ・ブリューエル。彼女はじぶんの心を理解してくれる存在であり、エルトンとレネーテは結婚する。だが、エルトンは同性愛者であるため結婚生活は短いものとなった。そのとき、流れた曲であり、彼の短い結婚生活と重なる曲である。

Sorry Seems To Be The Hardest Word/悲しみのバラード

Sorry Seems To Be The Hardest Word

Sorry Seems To Be The Hardest Word(悲しみのバラード)は『Blue Moves』に収録された楽曲でファーストシングル。この曲はエルトンが先にメロディーをつけ、その後に作詞家のバーニー・トーピンが歌詞をつけたという珍しい楽曲(長年、バーニーが歌詞をつけた後にエルトンがメロディを作っていた)。一部のチャートでは一位に輝いたバラードであり、ポール・ニューマン主演の映画『スラップ・ショット』(1977年)でも使用された。

Sorry Seems To Be The Hardest Word(悲しみのバラード)はエルトンと母親シーラとの互助会の場面。シーラがエルトンにメノルカ島に住みたいからお金を出して欲しいと強請り、エルトンのためにスタンリーを諦めたと言い出す。そんな彼女に対し、「成功は良いもの。動くものとは全部ヤッた。人間が知り得る麻薬も全て楽しんだ」と挑発。すると、シーラは「何の努力もせずに全部棚から牡丹餅で手に入れたくせに。子供なんか持つべきじゃなかったわ!あんたの母親でいることにどれだけがっかりするか分かる⁉︎」。どれだけ成功しても自分を認めてくれない母親に事実を突きつけられ、エルトンと母親との関係はさらに複雑になっていく。そんなシーンでレストランの客とエルトンが歌う曲。

Goodbye Yellow Brick Road/グッバイ・イエロー・ブリック・ロード(黄昏のレンガ路)

Goodbye Yellow Brick Road

Goodbye Yellow Brick Road(グッバイ・イエロー・ブリック・ロード)は『Goodbye Yellow Brick Road』に収録された楽曲。ミュージシャンとして成功したエルトンは、相次ぐツアーや薬物などでボロボロになっていく。その姿を一番近くで見てきたバーニーは欲望渦巻く音楽業界に苦痛を感じ始める。大ヒットアルバム『Goodbye Yellow Brick Road』はバーニーがエルトンに向け「いつになったら都会を離れるんだい?僕は農場に止まっていた方が良かった」と疲れ果てた気持ちを伝える歌詞になっている。そしてエルトンに「さよなら黄色のレンガ路」と別れを告げる(黄金のレンガ路とは、映画『オズの魔法使い』のオズへ続く「黄金で出来たレンガの道」。つまり成功してお金持ちになることを指している)

Goodbye Yellow Brick Road(グッバイ・イエロー・ブリック・ロード)はエルトンの華やかなスターダムとシンプルな田舎暮らしの生活を対比させたような楽曲。きらびやかなスターへの道を歩むエルトンに対し、バーニーが別れを告げるシーンで歌われた。

I’m Still Standing/アイム・スティル・スタンディング

I’m Still Standing

I’m Still Standing(アイム・スティル・スタンディング)は『Too Low For Zero』に収録された楽曲。一時休止していたバーニーとの共作を再開し、チャートに返り咲いた代表曲。本曲はエルトンのポップ界のトップスターとしてのポジションが揺らいでないことを表していた。実際はリハビリ前に発表した曲であるが、エルトンが「立ち上がる」という本作のフィナーレにふさわしい曲となっている。

I’m Still Standing(アイム・スティル・スタンディング)は人生を立て直したエルトンの復活宣言でフィナーレを飾る曲。タロン・エジャトンがアニメ映画『SING/シング』で本曲を歌っている。

(I’m Gonna) Love Me Again/(アイム・ゴナ)ラヴ・ミー・アゲイン

(I’m Gonna) Love Me Again

(I’m Gonna) Love Me Again/(アイム・ゴナ)ラヴ・ミー・アゲインは映画『ロケットマン』のサントラのために書き下ろされた楽曲。エルトン・ジョンとバーニー・トーピンにより作曲され、エルトンとタロン・エジャトンのデュエットでエンドクレジットに使われた。歌詞には「ありのままの自分を愛する」というエルトンの生き方を凝縮したものとなっている。

(I’m Gonna) Love Me Again/(アイム・ゴナ)はエンドクレジットで流れる曲。

映画『ロケットマン』のサントラ一覧

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